あなたがそれだけ苦しんでるということは、 あなたがそれだけ自分に愛されたいと思ってる、ということ

*108以外*質疑応答【3】 - ザ・チケット板 - したらば掲示板
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203: もぎりの名無しさん :2011/04/04(月) 00:37:47 ID:psg5Ebes0

>>190

私の場合は、チケット以前から
そういう領域があるらしいことは納得して、
顕在意識レベルでは疑ってなかったんですけど、
じゃあ手放しでお任せできるかというと
それは無理だっていう期間が長かったです。

で、観察を積極的にしてたわけでもないんですが、
あるとき自分を客観的に観てる
この視点が別の領域なんじゃ?と気づいて、
それまでは別の領域って、
自分の理解とか
コントロールを超えたところにあって
自分ではどうすることもできない領域
だと思い込んでいたけれど、
本当は今までずっと自分は別の領域にいて、
そのことに気づいてなかっただけだったんだ
とわかりました。

ほんのちょっと見方が違うだけなんだ、
ということに気づいただけで、
今までのエゴや別の領域に対する考え方や
チケットとかの理解も変わったので、
じゃあもっと別の領域を理解できれば、
もっと面白いんじゃないかな、
という感じだったので、
「信頼」というより好奇心、
知りたい欲求でした。

「別の領域」という言葉や、
その属性といわれるもの、
それらの説明を読んでると、
やたら壮大だったり理解を超えたものに
思えると思いますが、
それはすべて自分自身の意識のこと
なんですよね。

過去の自分を振り返って、
「あのころの自分は視野がせまかったな~」
と思うことも多いと思います。
過去の自分よりも今の自分の方が、
より大きな範囲で
物事を見ることが出来るからです。
そうやって成長して、
自分の意識を拡大しながら
人は生きてるんだと思います。

「別の領域」はその意識の拡大を、
より大きく広げることを体現した人たちが、
「悟り」だったり「潜在意識」だったり
「真理」「空」・・・
という言葉を使って言ってるんだと思います。
だからいろんな理屈や知識による理解も、
助けになることもあれば
邪魔になることもあるかと思いますが、
結局は自分自身をもっと深く知ること
なんじゃないかなーと思います。

疑ってるのはエゴですが、
自分を知っていけば
「信頼」とか「不信感」
という言葉自体が意味を持たなくなります。

ただエゴの理解できないところにあるから
疑ってただけなんだと。

 

 

204: もぎりの名無しさん :2011/04/04(月) 00:46:20 ID:psg5Ebes0

>>193
そういうわかりにくいこともありますよね。
でもどちらでもいいような気がします。
自分が「叶えるために~」
何かをしようとしていることに
気づくことも大事ですが、
「既に在る」ことを知っている自分に
意識を向けることも大事ですから。

多分クリアになっていく過程で、
これがエゴなのかそれとも別の領域なのか、
と迷う時期もあるかもしれないです。
それもある意味クレンジングというか、
クリアになってるからこそ
それが気になるってことなんじゃないかと思う。


この思考はどこからのものだろう?
と追求するよりも、知ってる自分、
気づいてる自分の方に

意識を置く方がいいと思います。
だんだんそれがわかるようになったり、
エゴ的な思考が消えていくように思います。

>>197

断定形や完了形のほうがいい、
という方法のことですよね。
私は言葉尻にそこまで気を使う
必要性はないと思っています。
「彼氏ほしいなー」でも
「私には彼氏がいる」
とか「彼氏をもつ」とかでも、
要は「ない」が前提になって欲しているか、
「既にある」が前提で欲するかの違いです。

別の領域や「既にある」が信頼できるなら、
「彼氏欲しいなー」で終了です。
信頼できないうちは、
「彼氏を持つ」と断定しても、
その後の思考によっては、
(例えば「そのためにはどうしたら~」
とかの思考によって)
その断定が表面的なものにしかならないので。
なので、その表面的な部分に
意識を向けてもあまり意味ないと思ってます。

>199
「意図」は結局、
自分の顕在意識(エゴ)の範疇のことしか
想像できないので、限界がある。
自分の想像出来る範囲を超えた
「別の領域」に任せれば、
想像できる以上の、
自分にとって最適なことが自動的に起きてくる、
ということだと思います。

 

 

205: もぎりの名無しさん :2011/04/04(月) 00:50:21 ID:psg5Ebes0

>>200
スレを参考にしつつ、
でもそれに左右されることなく
自分の感覚を信頼し優位に置くことです。

>202
「i pod欲しいなー」の例で言えば、
買いたければ買うし、
買うことに抵抗や不安(お金のこととか)
があれば買わない。
(買う買わないは別にして、
不安はその都度取り下げる方がいいけど。)


あくまでそのときの自分の感覚を信頼する。
貰うか拾うか購入するためのお金が手に入るか、
はわからないけど、想定できる範囲を超えて
手に入るプロセスが用意されてることを
信頼できれば、「欲しいなー」に続く
エゴ的思考は嘘の認識だとわかるので
それに振り回されなくなります。

>例えば行く先々の場所、道や街、
カフェなどで恋人候補に近い人(タイプの人)
を出現させるまでで
>「知り合い~恋人関係になるまでは
お前がやりーや。
ほら後はお前が勇気出して声かけんねん」
>と直前までで後は投げて
よこされたらかなりキツイですよ。

これも自分の感覚を信じて、
行動したければすればいいし、
したくなければしなければいいだけ。


「別の領域」が信頼できるようになれば、
自分の感覚、インスピレーションを
素直に受け取れるようになるので
そんな疑問が意味がないことに気づくよ。

 

 

231: もぎりの名無しさん :2011/04/04(月) 16:10:14 ID:psg5Ebes0

>>206
>好きな人から連絡が来ない。
→あれこれ不安になる
(対不安の行動はおこしてません)
→うまく行かない→やっぱりね~

これだと「意図」が全く働いてないよ。
これは思考が実現しているのではなくて、
「意図」を思考でキャンセルしてるだけです。
意図が「好きな人との良好な関係を築くこと」
だとして、
「好きな人からの連絡が来ない」以降の
思考は全部嘘というか、
意図を取り下げてるだけです。

 

「意図」は主である自分が
意識的にすることですが、
「思考」は従である現実に
自動的に反応して再生されてるものです。。
意図した時点であなたは
「現実を選べる立場」に立ってるはずなのに、
その後の不安な思考に従ってしまえば、
「現実を選べる立場」にいることを
放棄してることになります。

結果から見れば
「不安な思考が実現した」
かのように見えるかもしれませんが、
不安があろうとなかろうと、
それに自分を明け渡さなければ
実現とは全く関係ないのです。

>208
たぶん、ほんのちょっとした
きっかけなんだと思います。
気づいてみると、
そんなたいしたことでもなかったような
気もしてます。


言葉にすると「信頼しよう」とすることと
「信頼できてる」までの間に
なにかが必要なように見えるけれど、
「信頼しよう」とすること自体必要なかった。
本当は自分はいつも自分のことを信頼してたんだ、
と気づいただけ、かな。
でも「信頼しろ」という言葉になっちゃうんですよね。。
うまく説明できません。。

 

 

 

232: もぎりの名無しさん :2011/04/04(月) 16:20:43 ID:psg5Ebes0

>>209

「相手に苦痛を味あわせて思い知らせたい」
「自分がすっきりしたい」
というのがあなたの望みだと思いますが、
まずは、「自分がすっきりしたい」
という部分を優先させたらいいかと思います。


自分の中にある怒りや憎しみに対して
向き合うということです。
たくさん暖かいレスがついていますよね。
あなたの中に憎しみもあるけれど、
「自分を愛したい」
という思いがあるからこそ、
そういうレスがたくさんついたんですよ。

そして、真理というものを知っていると、
ときにはそれが怒りや憎しみを感じきることに
罪悪感や抵抗を感じて、
うまく昇華できずに
溜め込んでしまいがちになるかと思います。
でも少し誤解というか、
他人に対する認識が
余計に苦しみを感じる原因に
なってるかもしれないので
一応書いておきます。

世界が自己投影のホログラフということは、
他人は自分の一部です。
自分の中にあるひとつの側面を、
誰かに投影して確認しているのです。
「罰を与えたいほど憎い他人」というのは、
本当は自分の中に
「自分自身に罰を与えたい=
自分自身を受け入れ切れていない」
という部分があって、
それを他人としてみているだけなのです。


それは「愛されていないあなたの側面」
があなたに愛されたいと
訴えてるということなんですよ。

なので、「あなたに酷い目にあわせておいて
のうのうと生きてる(かもしれない)」相手は
あなたのフレームの中にしかいません。
何かの作用であなたのフレームの中で、
仮に相手が苦しむ場面を見ることができたとしても、
それはあなたのフレームがそう見せてるだけなので、
本当に苦しんでる人はいません。

 

だから「相手を苦しませたい」
という願望を持っても、
本当の意味で相手を苦しませることは不可能だし、
結局は自分の投影した現実の中で、
さらに制限を積み重ねることになるので
他の場面で自分を苦しめる結果になるだけなのです。

激しい怒りがあるうちは、
多少自分が痛い目を負ったとしても、
それでも相手に復讐したい
と思うこともあるかと思いますが
それさえ自分自身のエゴに
見せられてる幻想でしかありません。
・・・という話を聞いて納得できるかどうかは
わかりませんが、まずは自分を癒して、
愛してあげてください。


あなたがそれだけ苦しんでるということは、
あなたがそれだけ自分に愛されたい
と思ってるということです。

ネガ感情はぽいして

幸せになる事を選びましょう!
ということではなくて、
そのネガ感情は、
「相手に復讐したいというエゴに
誤魔化されないで自分自身に向き合って欲しい!」
と願ってるあなた自身からの声なんです。

 

 

233: もぎりの名無しさん :2011/04/04(月) 16:23:42 ID:psg5Ebes0

>212
△が自動的に再生されても、
そこに明け渡さずに△を取り下げる、
その△に振り回されないでいられるなら
続けてればなくなっていくかと思いますが、
その都度繰り返すのが面倒だなーと感じるようなら、
手っ取り早くリリースしてもいいかもしれません。
「感じきる」とか
108さん式クレンジングとかセドナとか、
他にもいろいろあると思いますが
自分のやりやすい方法で
やってみるといいと思います。

 

>223
横ですが、私も「別の領域」は
潜在意識を包括した、
もっと深い(広い?)
意識という認識で書いています。
初心者さんということなら、
いろんな方のレスに誘導されて
知識的に理解を増やすよりも、
さくっと別の領域に浸ってみるのも
いいかもしれませんね。

 

238: もぎりの名無しさん :2011/04/04(月) 17:07:21 ID:psg5Ebes0
>>234、>>235

混乱するのでチケット的な言葉で表現すると、
あなたが使ってる「潜在意識」は
チケットの中では「観念」
という言葉で書かれてるんじゃないかと思います。

で、観念の変更や解放を経て
別の領域に触れるというのは
2章のアプローチですね。
それをせずに直接別の領域を体感することで、
観念を無効化、または観念を納得させることも
出来るのが7章です。


ただ7章では完全に観念をなくすというよりも、
観念が受け取りやすい形で、
その人にとって最適に実現するので、
それがエゴで望んだフェラーリや
10億円ではないかもしれないけれど、
結果的には、包括的に見て
「自分にはこっちの方が良かった」
と思えるようなものだったりします。
なので「精神的に満たされるだけ」
ということではありません。
もしそうとしか思えないのだとしたら、
それは7章ではありません。

 

>236
私自身は普通に不安を感じることがあっても
一時的なものです。
それ以上振り回されて
苦しむことはあまりないです。
今のところ私の周りで苦しんでる人は
いないように思います。
あと他人の心配することは
一見思いやりのように見えますが、
本当の意味での思いやりではないと思っています。

その人に対して「苦しんでいる人」
という属性を与えていることになるので。
この考え方はチケット以前からのもので、
自分自身が誰かに心配されることを
負担だと感じていたからです。
たぶんドライな考え方に
見えるかもしれませんが、そんな感じです。

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