【願望=実現】どんな願望であれ「欲しい」 という意識が私の中で生まれたとき、 既にそれらは実現されている

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388: もぎりの名無しさん :2011/03/11(金) 18:24:58 ID:psg5Ebes0


>377
276さん、
>「別の領域=完璧に到達する
プロセスを感じたい、体験したい」
=「喜・愛」。

私の感覚で、あえて言葉で
「エゴ側からもわかるように」
表現すれば↑の通りだけど、
実際は言葉を越えた感覚です。

人間の使命なんてものはないです。
(そんなものは幻想)

「ただ在る」という感覚が、
それを知らないエゴからすると
「だから何?」くらいのものだけど、
「これがすべてだったのか」
くらいの衝撃があります。

それは私がここでどんなに言葉を尽くしても、
実際に体感するまではわからないものです。
私はそれを体感するための方法を書いてるし、
それを知識的に納得しやすいように
いろんなこと書いてる。
それが別の領域を感じるきっかけなり、
モチベーションなりの
一助になればいいと思ってるから。

> ここがわかるとすべてが繋がる気がする!!!
ぜひ体感してください。
それがどんなにすごいことか。

486: もぎりの名無しさん :2011/03/14(月) 15:38:43 ID:psg5Ebes0

別の領域を感じられる人も、
信じることができない人も、

その瞬間瞬間をどうあるか。
どう在りたいかです。

何をするかよりも「どう在るか」で、
そこから起こることが決まってきます。

あなたの在り方で起こることの質が決まります。
502: もぎりの名無しさん :2011/03/14(月) 16:16:49 ID:psg5Ebes0
>>495
まず自分、それで大丈夫ですよ。

災害とは関係なく
今まであなたの中にあった不安や恐怖が、
今一気に湧き出てきてるんです。

それらはエゴがしていることなので、
解放していけばちゃんと愛にたどり着きます。
不安と一体化しすぎて
愛に気づきにくくなってるだけです。

あなたの中にたくさん愛がありますよ。



544: もぎりの名無しさん :2011/03/14(月) 19:45:10 ID:psg5Ebes0


>>542

> あなたの言った在り方を選ぶとは、
あなたの今までの教えの通り、
自己に瞬間瞬間気づく、
思考を止めた瞬間に広がる別の領域に浸る
> このシンプルな行為だけで
カバー出来るものなんですよね?

そうです。
今この瞬間、自分が愛や充足として
存在したいのか、
不安な思考と一緒にいたいのか。
在りたい自分であること。
それだけです。それしかないです。

不安を感じても、
「その思考が自分ではない」という自分でいられれば
自然と不安は消えていって愛を選択できます。
それでも不安に飲みこまれそうなときは、
不安を感じつくす、自愛、
リリースなどで解放してあげる。 

その根拠となる部分を
いろいろと説明を試みてますが、
結局のところはこれがすべてだと思っています。

573: もぎりの名無しさん :2011/03/14(月) 23:51:49 ID:psg5Ebes0


>>563
「既にある」はある程度、
別の領域を信頼できるようになってからじゃないと、
ただの机上の空論にしか聞こえないと思います。
なので、差し迫った状況や、
現実を見て「ない」ことが
当然のようにしか思えないときに

「既にある」を理解しようとしても
難しいし、むしろ逆効果です。

簡単に言うと、許可できてる度合いによって
見えてくるものです。
この許可と言うのも、別の領域が信頼できれば
自然に許可できるようになります。
理解しようとするのではなく、
「既にある」ことを感じてみる、
採用してみる。

それができない、わからないなら放っておく。
少しでも心地よく在れる感覚を選ぶ。
わかろうとするよりも
放っておくほうが何十倍もいいです。


688: もぎりの名無しさん :2011/03/16(水) 15:45:09 ID:psg5Ebes0

以前から何度か「既にある」
について聞かれていたのですが、
説明が難しくてめんどくさいということとw、
結局理屈を知っていても
実感しないことに意味はないと思っているので
どうしようかなーと思っていたんですが、
最近のスレの流れで
「どういう思考でいるかが現実になる」
ということに
いろんな意見があるのを見ていて、
私の認識で「既にある」を
理屈で書いてみることにしました。

説明がわかりにくいのと、
私の認識なので結論は
「別の領域を信頼するしかない」
ということになっています。
なので「既にある」が理屈でわかっても
認識が変わるわけではありません。

「認識が変更した人」の言葉は
あまりにも謎めいて聞こえるのでw
そこで翻弄されていると
ある意味がっかりする内容かもしれません。
なので興味がない方はスルー推奨です。

689: もぎりの名無しさん :2011/03/16(水) 15:45:45 ID:psg5Ebes0

別の領域では「無でありすべて」
と書きました。
「ない」と同時に「ある」が矛盾なく存在します。
すべての潜在的可能性が、
生じることも滅することもなく遍在しています。
「欲しい(ない)」と思ったと同時に
「ある」ので「願望=実現」です。

そしてこの現象の世界では
「ない」と「ある」は対立します。
わかりにくい説明ですが、

 まずひとつの点が存在する(ないと同時にある)
          ↓
 その点を引き伸ばして一本の線が出来たとき、
 「ない」と「ある」の相対する極が生まれた

「ない」と同時に「ある」が成立しないので、
二極を結ぶ線のプロセス
(「ない」→「ある」)になります。
「ある」を体験するには、
「ない」と認定することで
「手に入れる」プロセスを経る必要があります。
ということは「ある」ことが前提でないと、
「ない」という認定自体がが出来ないことになります。

私たちが現状を見て「ない」と思うのは、
「ある」が真実だから
その真実を否定している
「ない」を認識出来るのであって、
本当に存在しないものは、
「ない」という自覚すら出来ないのです。

現実世界は、別の領域での自分の内部表現が、
肉体を通して目の前に
そのまま投影されて展開されているのですが、
遍在する可能性の中から
欲しいものや状況を形作ったとき、
(こういうものが欲しいと思ったとき)
目の前の空間に
それは実際にあるはずなのです。

690: もぎりの名無しさん :2011/03/16(水) 15:47:38 ID:psg5Ebes0


具体的に書いてみます。
何かを欲したとき例えば
「優しくて2~3歳上のイケメン彼氏が欲しい」
みたいな実際には存在を
確認できていないものを欲する場合と、
既に存在はするけれど他人の所有物だったり、
お店で売ってはいるけれど
金額的に手に入れるのが難しいと感じるものだったり、
供給数が少なすぎて
手に入れることが困難なように
思えるものだったり・・・
といろんなケースがあると思います。

これを「ないと同時にある」という話からすると、
どんな願望であれ「欲しい」
という意識が私の中で生まれたとき、
既にそれらは実現されている
(願望も実現も投影されている)
ということです。

実際に優しくて2~3歳上のイケメン彼氏と
付き合ってるし、
欲しいと思った物や人、
状況はすべて自分のものになっています。



それらの場合の
「まだ現れていない」
「他人の所有物だ」
「お金がないので手に入れられない」
「数が少ないので手に入れるのは困難」
などの、それが実現していないように
見える理由はすべて、
「既にある」ものを「ない」と認定するために
幻想を見ているだけということになります。

チケット7章での
パンの話を思い出して欲しいんですが、
既に自分のパンとして目の前にあるのに、
「自分のものではない」と認定して
「手に入れる」ために
何かをしなくてはいけない
と思い込んで現実を見ているので、

「他人のもの」「手に入れるのが困難」
な現象として目の前に展開しているのです。


ではこの「ない」という認定を
どうすればいいのか
ということになるんですが、
この現象世界ではこの「既にある」が
瞬時に自分のものとして起こることは
通常ほとんどありません。

この現実世界で生きるための
基本ルールとして選んでる
フィルターがあります。

肉体があって椅子に座って
机やキーボードを触れたり
画面の文字が読めているのも、
そういった地球的な物理法則を
採用しているから出来ることですが、
実際にはただの電気信号を
そのように脳で処理しているだけのことです。

このフィルターは自己防衛本能に
大きくかかわっているので、
「既にある」が「ない」ようにしか
見えないのは当然のことです。
例えば「ケーキが食べたい」と思った瞬間、
空間からケーキが出現したり、
見知らぬ人からプレゼントされたりしたとして、
すんなり受け取ることは難しいと思うし、
出所不明なケーキを
口に入れるのも勇気がいると思います。

ちょっと思いついただけのことが
時系列を無視してすぐに実現すると、
人間として生きるうえで
かなり支障があると思います。

なので欲しいものが出現したときに、
空中から突然物質化するのを
目撃することは殆どないと思います。
たいていは時間や所有という概念を使って、
観念が受け入れやすい自然な形で現れます。

「自分のものではなかったが手にはいった」
とか「いつの間にか自分のものになっていた」
という形です。

691: もぎりの名無しさん :2011/03/16(水) 15:48:10 ID:psg5Ebes0

「既にある」を実感できるようになると、
「自分のものではない」
として見えてる現実が、
本当は自分のものであるけれど、
現実という2元世界での便宜上
他人のものなり入手困難なものとして
現れてるだけだということが
わかっているので、

渇望するということが出来なくなります。

当然ですが、他人のものを勝手に
自分のものだと思い込んで満足している
だけだとしたら、
思い込みの激しいイタイ人なだけですw

そうではなく、実際に客観的事実として
自分のものになるということです。
ただ、自分のものになるまでに、
2元世界の性質上必要なプロセスがあるけれど、

放っておけば自分のものとしてやってくるのが
当たり前なので、何もする
必要がないことがわかっているのです。


私たちは今まで、この現象世界しか
認識できていなかったので、
「便宜上、自分のものではない状況」
として現れているだけなのに、
その現象を、固定された状況で
変えることは難しい事実だ
というように捉えてしまっていて、

「ない」ということがものすごく苦しく感じるし、
手に入れるためにいろんなことを
しなければならないと思い込んでいます。
そして手に入れようと試行錯誤することで
余計に事態をややこしくしてるだけなのです。

認識が変更されると、同じ現象を見ても
違うように見えるというのはこういうことです。
「他人のもの」として見える現実が、
ただの途中経過に過ぎないと見えるか、
他人から何とかして
自分のものにするために
何かをしなくてはいけないように
見えるかの違いです。

そういう意味で、起きている現実に対して
どう捉えるかがこの先に起こることを
変えていくというのは本当のことです。
ただそれは、ポジティブに捉えていれば
叶わなくても満足できるでしょ的な
精神論ではありません。

それで心底安心して
満足できるならいいのですが、
そうでない場合は蓋になることもあります。
なので、別の領域に浸って
信頼を高めることで
認識を変えたほうが楽だし
間違いにくいと思いました。

別の領域が主体のとき、
わざわざポジティブを心がけて
思考の調整をしなくても、
そのようにしか思えないということです。


「既にある」がわかるまで
「既にある」を適用できないという観念を
持ってる方が多いと思うんですが、
ある事にこだわりすぎると
ないという否定が強くなってしまうので、
わからないけど既にあるを適用してみよう
既にあるとして世の中を見てみよう。
こう思うことで理解しようとする
思考のループを切ることができます。

ですので、私の話はそんなものか~・・
くらいでいいので、
自分自身の別の領域を信頼してみてください。

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